« 出し抜かれる日本 | トップページ | 話が堂々巡りしているような気がする »

人付き合いも大変だ - 飲みニケーションとSNA

社会人になってそろそろ丸2年が経とうとしています。
うちの会社はそうでもないのですが、体育会系の会社では連日飲み会だそうです

私の友人の中にも何人かそういう所に行った人がいます。
曰く、「まず1番上の上司に誘われて1次会、それが終わると大先輩に2次会、最後に1,2年上の先輩から3次会に誘われて、中々帰れない」そうです。

平日だろうが休日前だろうがお構いなしに誘われるそうです。
お陰で仕事が終わっても中々帰れないとか

断れば良いだけかもしれませんが、まあ現実には無理でしょう。
1,2回断るだけなら兎も角、何度も断れば付き合いが悪くコミュニケーション能力が低いと言われるのが関の山です。

しかし、この飲みニケーションもかなり弊害が多いそうです。
情報交換が活発になる一方、顔を立てないといけない人間が増えてしまい、大変だそうです。

知り合いや顔見知りが多いと普通、目上の人や同僚からアドバイスや手助けを受けやすくなるだろう。しかし、そのような状況では、事前に話を通しておかねばならない「関係者」は、それ以上に増えていく。

仲間の数と足の引っ張り合い

>>なぜ「飲みニケーション」重視だと儲からないか【2】

飲み会が多いと、確かに密なコミュニケーションが出来そうですが外敵には弱くなりそうです。
村社会というかなんと言うか。
逆にそうでない場合はフリーランスというか合理的な経済人という感じです。

この事象は経営工学でも彼是議論されています
記事の下の方にもミドルクラスの経営戦略について書いていますが、おそらくその辺を考慮して書いているのでしょう。

このような現象は経営工学(経営学)では社会ネットワーク分析(SNA)として議論されています。

例えばA,B,Cさんの、お互いに関係がある3人がいたとします。
この場合の人間関係は以下↓の2パターンが考えられます。
青丸が人、矢印が両者の関係です。

SNA

Bタイプは一般的な3人の仲間です。
Aタイプは3人全員が互いに面識があるのではなく、友達の友達みたいな関係が入っており、これにより「お互いに関係がある」状態を担保しています。

この二つのパターンのうち、経営工学的に効率的なのはAタイプです。
関係がたくさんあるというのは友達が多いとも言えますが、その分多くの人付き合いが必要になり、効率という意味では下がります。

例えばBタイプだとAさんが飲み会をする場合、BさんにもCさんにもお誘いがかかるでしょう。
断るのも結構面倒ですし、断れば付き合いが悪いと言われかねません。

一方AタイプではAさんとCさんに関係が無ければ、間に入っているBさんがCさんを紹介しない限りCさんは断りを入れる必要がなくなります。
このように関係が多いほど人脈は広がりますが、面倒な誘いや頼み事も増えてしまいます

このように互いの"社会的な繫がり"を研究し分析するのが、社会ネットワーク分析です。
こちら↓の資料は院生のものですがわかりやすくまとまっています。

京都大学院生:ネットワーク分析の基礎 PDF

SNAの実例としてはこんなもの↓があります。

SNAの実例

筑波大学:経営工学基礎研究B班 ~Twitter内の芸人の人間関係~ PDF

この図を見ると、品川庄司の品川は顔が広いようですが、反面色々な人間に関する揉め事が舞い込んでいるのでしょうね。
これらの面倒事をうまく解決できれば「面倒見がいい」と言われ、調停役としてのスキルが身につくわけです。

私は芸人について詳しくないのですが、調べてみると面倒見がいいと評判のようです。
調停役になれる人はグループ内でもほんの一握りでしょう。
そのポジションに立てるわけですから、彼の調停役としての才能は中々のようです。

このように一言で人間関係といっても結構複雑で興味深いものになっています。
飲みニケーションもこの辺を意識して行なったり断ったりすれば、無理なく効率的に人間関係を気付けるのかもしれません。

また経営者もこの辺を意識して飲み会をコントロールすると、角が立たずに風通しを良く出来そうです。

|

« 出し抜かれる日本 | トップページ | 話が堂々巡りしているような気がする »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/528305/50222491

この記事へのトラックバック一覧です: 人付き合いも大変だ - 飲みニケーションとSNA:

« 出し抜かれる日本 | トップページ | 話が堂々巡りしているような気がする »