マスコミの世代交代② - 新聞とネット
シリーズ2回目です。
今回はまず、新聞モデルの再生について述べます。
前回、新聞は購読料と広告料の2本柱でやってきたと述べました。
しかし購読料ビジネスの柱が揺らぎ、それに乗っかって行ってきた広告ビジネスも揺らいできました。
この状況で新聞各社を再生する方法は、大きく分けて3つあります。
1つ目は購読料ビジネスに回帰すること、2つ目は広告料ビジネスに進むこと、そして3つ目は新たな柱を見つけることです。
以前提案した再生モデルはどちらかというと3つ目にあたります("どちらかと言うと"です)。
2本柱のほうが安定に見えますが、人間と同じで中途半端に片足だけ上げると逆に重心が安定しなくなります。
あくまで二つで一つなのです。
情報源が曖昧で恐縮ですが、元々新聞は購読料にのみ依存したビジネスだったそうです。
現在のような新聞の出現は産業革命以降のヨーロッパからであり、産業を支える上で大きな存在となった。これは後にマスマーケティングの手法の一環としても用いられるようになり、企業の広告活動にも一役買うようになった。
>>Wikipedia:新聞 - 歴史
紹介されている参考文献を読んでいないので、何所まで本当かは分かりませんが、昔は紙も高かったでしょうし企業も広告を出せるほど成熟していなかったでしょうから、それなりに説得力が有ります。
新聞がこのモデルに回帰し、いわば出版業のようになる事で細々と生きることは可能でしょう。
購読料は半分くらいにし、流通コストを省く為にネットインフラを利用。
まさに出版業、或いは経済アナリストみたいなモデルです。
似たような業界に映画産業があります。
彼らはかつて広告媒体として活躍したそうです。
現在では企業広告もさり気なくなりましたが、昔は凄かったそうです。
当時の彼らの政治力はかなりのもので、今でも名残が有ります。
プロパガンダとしてもよく使われたとか。
今でもそういう作品が有りますね。
日暮れて途遠し:ジョージ・クルーニーに聞く ハリウッドの“政治力
デロリアンの中古車は、発売当時の倍位します。
ハリウッドの宣伝力が如何程だったのかは今でも伺えます。
しかし、映画産業はテレビの台頭と共に衰退しました。
状況を打開する為、彼らは広告部分をほぼ捨て、興行収入に特化しました。
長編大作を作り、テレビには出来ないコンテンツを用意することで、新しい居場所を見つけたわけです。
今では彼らが広告を打つ始末です。
新聞もこういった方向に傾倒することで、総研のようなポジションで生きて行けるでしょう。
大幅なリストラと給料カットは避けられないでしょうが。
もう一つの方法は広告ビジネスに特化することです。
この為には購読料収入なんて見込んでいる場合ではありません。
重要なのは多くの人の目に触れることであり、購読料ではありません。
その為には兎に角購読料を下げ、内部のコストを下げまくることです。
極端に言えば、無料で配布を行いネットなど紙代や流通コストを徹底的に下げることです。
今の新聞の購読料がただになったら、きっと読む人も増えるでしょう。
少なくとも私は読みます。
資料が無いのではっきりとは言えませんが、おそらく購読料による利益率(営業利益率)はそれほど高くは無いでしょう。
一般に人を大量に使うビジネスは利益を人件費に食われてしまい、会社に入るお金はそれほど多くはありません。
製造業の営業利益率が低いのはこの為です。
ですから配達員や印刷する部門を廃止し、ついでに経理部門や人事部門を中国かインドにまわせば、利益は十分残るでしょう。
これで新聞社も再生できるはずです。
・・・おや?
インターネットで新聞を公開しスポンサーから広告料を貰う?
これってgoogleとかのビジネスモデルですよね。
そうです。
実はネットと新聞のモデルはかなり似ているんですね。
購読料部分を取っ払えばgoogleのモデルとほぼ同じです。
テレビはもっと似ています。
視聴率に相当するのがPV数、アフィリエイトの支払が広告料です。
テレビ等とネットは対立するビジネスモデルではないのです。
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